労働者災害補償保険(以下、「労災保険」と略す)の保険料算出方法には、業務災害発生の有無により保険率を原則±40%の範囲内で増減させる「メリット制」という仕組みがある。
これは一定規模以上(継続事業の場合、「労働者100人以上」または「労働者20人以上かつ災害度係数0.4以上」)の事業場を対象とするもので、令和5年度は、約11万事業場(全事業場の4%)、3563万人(全労働者の59%)がこれの適用を受けている。 ちなみに、7万余りの事業場が保険率の下限(-40%)を適用されており、これは全適用事業場の48.1%を占める。
メリット制は、適用事業場に労災事故抑止のインセンティブとして働くとされる一方、さまざまな弊害も散見されている。
まず、「労災隠し」の問題が挙げられよう。
そもそも労災事故が発生した際には、労働基準法第8章は使用者が補償するのが基本としており、労災保険を使うかどうかは任意だ。 しかし、労災保険を使うにしても使わないにしても管轄労働基準監督署へ『労働者死傷病報告』を出さなければならない(労働安全衛生規則第97条)ところ、労災保険を利用しない場合には、この義務を怠りがちになる。 これが「労災隠し」と呼ばれる“犯罪”であり、メリット制がそれを助長していると識者から指摘されている。
また、高齢者や障がい者は労災事故を起こしやすいため、これらの層の雇い控えにつながっていることも否めない。
同じことは外国人についても言えるが、高齢者・障がい者は、雇用の促進が国の政策として進められているだけに、悩ましい問題だ。
さらには、昨今、脳・心臓疾患や精神障害についても労災が認められやすくなったことも、この議論に拍車をかけている。
というのも、これらの疾病は、事故による負傷とは性格が異なり、会社がどのように防止すればよいのか具体的な方策が見えにくく、また、企業努力にも限界があるからだ。 なお、「労災給付に係る行政訴訟について雇い主の原告適格を認めない」とした判例(最一判R6.7.4)も参考にしたい。
しかし、こうした問題点はあるものの、今すぐメリット制を廃止する論には直結しないだろう。
メリット制が労災事故防止に一定の役割を果たしているのは事実であるし、労災保険率は業種ごとの労災補償の収支により算出されるところ、メリット制が無いと、同業種の中で労災防止に努めている会社が労災事故を起こした会社のために保険料額が増加してしまうという不公平を生じることにもなる。
厚生労働省に設けられた「労災保険制度の在り方に関する研究会」は先ごろ『中間報告書』を取りまとめたが、その中で「メリット制」については「引き続き議論を行うことが必要」とするにとどまり、結論には至らなかった。 今後の議論の行方を注視していたい。
文責: 特定社会保険労務士 神田 一樹
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